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最高裁判所第三小法廷 平成4年(あ)879号 決定 1993年2月05日

本店所在地

東京都武蔵野市西久保一丁目四番一二号

羽田産業株式会社

右代表者代表取締役

則竹朋信

本籍

東京都武蔵野市西久保二丁目三二八番地

住居

同 武蔵野市西久保一丁目四番一二号

会社役員

則竹朋信

昭和八年九月二〇日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成四年八月一九日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人鈴木晴順の上告趣意は、違憲をいうが、実質は量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 可部恒雄 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎)

平成四年(あ)第八七九号

○ 上告趣意書

被告会社 羽田産業株式会社

被告人 則竹朋信

右被告会社及び被告人に対する法人税法違反被告事件について、上告の趣意は次の通りである。

平成四年一二月二四日

弁護人 鈴木晴順

最高裁判所第三小法廷 御中

上告趣意要旨

原判決は、憲法第一三条の「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」との規定、並びに憲法第一四条第一項の「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分または門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」との規定に、それぞれ違反するものである。

上告趣意詳論

第一、原審判決

一、本件公訴事実の要旨は、「被告人則竹は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六〇年八月一日から同六一年七月三一日までの事業年度における被告会社の法人税二九、六六〇、七〇〇円を、昭和六一年八月一日から同六二年七月三一日までの事業年度における被告会社の法人税二九二、五四四、三〇〇円を、それぞれ不正の行為により免れたものである。」というもので、第一審裁判所は、右事実を認定した上、被告会社を罰金一億円に、被告人を懲役一年六月の実刑に処する判決を言渡したところ、被告会社被告人は右判決の量刑を不当として控訴し、被告会社に対する罰金については相応額の減額をするのが相当であり、また被告人に対しては刑の執行を猶予するのが相当である旨を主張したが、原審は、第一審判決の量刑を不当としてこれを破棄し、被告会社を罰金八〇〇〇万円に処し、被告人については、刑の執行を猶予すべきものとは認められないとして、被告人を懲役一年二月の実刑に処する判決を言渡したものである。

二、原審判決は右量刑について、「本件は、被告会社の二事業年度にわたる法人税合計三億二二二〇万五〇〇〇円を免れたというものであって、その逋脱額が多いことはもとより、逋脱率も、昭和六一年七月期については約六〇・九パーセント、同六二年七月期については約八〇・八パーセントであること、被告人が本件各犯行に及んだ動機も不動産取引に関する裏金を捻出しようとしたものであること、などその刑責は重いといわざるを得ない」とし、被告会社に対しては罰金八〇〇〇万円、被告人に対しては懲役一年二月の実刑をもって処断したものである。

三、然しながら、被告会社及び被告人には次に述べるように量刑については考慮すべき特段の事情があるにもかかわらず、原判決は、「この種事犯に対する科刑の実情に照らして」とし、本件が行政犯であることを全く考慮せず、被告会社の負担能力を遙に超えた八〇〇〇万円という高額の罰金に処し、かつ被告人を、その罪責評価において一般刑事犯に比し不当に重い懲役一年二月の実刑を処したことは、前記憲法の各規定に違反したものといわざるを得ない。

第二、被告会社及び被告人の量刑について考慮さるべき事情

一、被告人は、昭和二八年八月から東京都千代田区神田須田町にあった毛織物卸業三浦産業株式会社に約一〇年勤務した後、則竹商店という名称で三多摩地区を中心に、いわゆる外商方式で洋服生地の販売業を始めたものであるが、昭和四三年ころから羽田産業株式会社という法人名をもって同様の営業を継続してきたものである。然し株式会社といっても資本金は三〇〇万円であり、株主は被告人一名だけの、いわゆる個人会社に過ぎず、その営業内容は、店舗を持たず、客から背広仕立の注文を取り、下職に縫製させて販売するというやり方で、東京電力株式会社並びに横河電機株式会社の出入業者として認められ、主として、その従業員の注文を受けて営業をしていたものである。

たまたま昭和五〇年ころ、洋服業のかたわら不動産の取引に関与したことが契機となり、被告人は、被告会社の営業を不動産取引にも広げることにしたものである。被告会社は昭和五三年一一月宅地建物取引業法に基く不動産仲介業の免許を取得したが、その頃、不動産営業は仲介を主とし、月に一、二件の取引があるに過ぎず、営業の主力は、背広の外商並びにそのころ武蔵野市内に設けたテーラー羽田という洋服店の営業であった。

二、このように、被告会社における不動産営業はいわゆるサイドワークに過ぎなかったものであるが、昭和五九年ころから土地事情は、地価高騰の趨勢にあり、不動産業は一般にいわゆる土地の買収が主流となった。

然し、被告会社の不動産業は、それまで単なる仲介業をするに過ぎず、不動産を買い入れるほどの資金を持ち合わせていなかった。ところがたまたま取引関係があった三栄信用組合武蔵野支店から、資金の融資を受けることができるようになった。当時の金融事情は資金過剰気味で、折から高騰を続けていた不動産投資には盛んに融資を行っていた時期である。

然しその融資は、不動産担保の融資であるから、不動産買収に必要な手付金とか、関連諸経費用についての融資は受けられず、被告会社はこれら資金については独自に資金を調達せざるを得なかったので、被告人は自己の関係筋から多額の資金を借入れをしてまかなっていたのである。

然し、取引額が高額となるに従い、地権者や物件の情報提供者、仲介業者等から裏金を要求されることが多くなり、これに応じなければ取引ができないということがあり、その資金は結局簿外において作らざるを得なかったのである。

勿論このような簿外金の取引は、原審判決が指摘するとおり、それ自体脱税を助長するものであるとも考えられるが、力関係の赴くところ、被告会社としてこれを拒否することは、不動産営業の継続不能の事態ともなりかねず、右簿外金の提供行為をしないことを被告会社もしくは被告人に期待することは、著しく困難な事情にあったものというべきである。

三、そこで被告人は、不動産取引において第三者を仲介者として介在させて、差益を被告会社において取得し、これを簿外金として保有しようと考えたのである。このような方法は、被告会社の所得を隠匿する行為であり、直ちに法人税ほ脱につながる行為ではあるが、その動機は、右に述べたように、資金力の甚だ弱い被告会社が、不動産営業を継続してゆくため、結果として、所得隠匿、諸税ほ脱となることを知りつつも、あえてこのような方法をとらざるを得なかったもので、決して、この資金を隠匿して不正に蓄財をしたり、或は他の事業に投資したりする目的でしたものではないのである。

被告会社が、昭和六一、六二会計年度において、中間者を介在させて、所得隠匿を図った不動産取引によって得た被告会社の差益は、総額五億〇二六二万円に及ぶが、これらは、一時知人もしくは架空名義をもって預金をした後、順次、主として他の不動産取引の手付金、その他の経費等に充当し、一部を知人等に対する貸付金に使用したものである。

被告人はこの差益分を、被告人個人の用に供したりもしくは遊興に費消したりしたということは全くなく、国税局の調査において使途が不明であったのは約一〇〇万円に過ぎない。またこの差益分によって取得した不動産の大部分は、現在被告会社所有物件となっており、本件法人税徴収のため、国税当局の差押によって保全されている。

被告人の行った右のような不動産売上除外の行為について、被告人は、国税査察の段階において、その非を率直に認めて反省し、国税当局に対して積極的に資料を提供するなど、事実の解明に協力し、原審においても起訴事実を全面的に認め、国法を犯したことについて心からなる反省の情を吐露しているのである。

もとは一介の洋服屋に過ぎなかった被告人が、特に法律や税務の知識もなく、時流に乗って突然数千万円から数億円という不動産の取引をするようになってしまい、その流れの中で、必死になって生きて行こうとした結果が三億円に余る脱税となり、被告会社にも被告人にも何ら残されたものはないのである。

四、被告会社は、昭和六〇年から同六二年ころは、不動産業務を担当する者として石田裕司、金子秀則、外二名らが勤務していたが、本件脱税の査察を受けた昭和六三年三月以降は、営業活動が殆ど停滞したため、右従業員らは全部退職した。

また不動産関係の仕事は金融引締及び国土法の規制等による地価下落等のため、業績は殆どなくなった。現在被告会社事務所には電話番が一名いるのみである。被告会社の本店事務所は、被告人と被告人長男則竹信二が各持分二分の一をもって共有する四階建建物の三階にある。この建物の敷地八一・九三平方米は被告人の所有名義である。

右建物の一階は自然食品の店に賃貸し、二階は長男が学習塾の経営に使用し、三階が被告会社の事務所、四階が被告人の自宅である。

この土地及び建物の被告人持分については、国税滞納の差押が執行されているが、土地建物とも納税のための売却を予定しており、会社保有物件と共に、すみやかに売却して、丸裸となるべく懸命の努力をしているものである。

被告人は昭和五六年妻良子に先立たれ、長女和代と二人暮しであったが、長女も最近独立して生計をたてるため他に転出し、現在被告人は、脳梗塞の疾患に苦しみながら、主として一階の賃料収入に頼って一人でこの建物で暮らしており、現在は、差押物件の売却のため、病身に鞭打って努力しているのである。

現在、国税差押により保全されている被告会社所有物件は四件、被告人所有物件は一件(但し建物については前記のように持分二分の一)であるが、被告人の懸命の奔走にもかかわらず、任意売却が実現できず今日に至っているものである。

すなわち、我が国の経済は、平成三年頭初以降景気の落ち込みによって急激な変動を来しており、特に不動産関係においては、地価の大幅な下落にもかかわらず、不動産特に土地の売却が著しく困難となっていることは公知の事実である。現に被告会社においても、売却予定物件について引き合いはあるものの金融機関の融資協力が得られず成約に至っていないのが実情である。

五、前記のように、被告会社において、その業務を扱う者は被告人のみである。もし被告人が刑の執行を受けることになれば、被告会社の宅地建物取引業法の免許は取消され、かつ、前記売却予定物件の売却並びに滞納税金の納付も著しく困難となること明白である。

現在我が国の経済の低迷に伴って、税収の減少が危惧されている。この際滞納税金を速やかに完納し、国の財政を支えることは国民の急務とすべきところである。本件脱税につき、被告人がその責任を厳しく問われることはやむを得ないことではあるが、既に昭和六三年三月の本件脱税査察以来、被告人は連日にわたる聴問、調査、告発、検察官の取調、刑事訴追、公判並びにこれらに伴う、信用の失墜、業務の破綻、現在の生活の窮状と、事実上社会的制裁は充分に受けている。加えて被告人は現在脳梗塞を患い、入院退院を繰り返しており、病状の悪化が懸念されている。

また、被告会社は、現在営業の実績は殆どなく、差押不動産以外の資産は皆無である。八〇〇〇万円という罰金は、被告会社の負担能力を遙に超えるものである。

第三、原審判決の憲法第一三条及び一四条第一項の違反

一、法人税法第一五九条は、「不正の行為により確定申告に係る法人税の額につき、法人税を免れた場合には、その違反行為をした法人の代表者は五年以下の懲役若しくは五〇〇万円以下の罰金に処し、またはこれを併科する。

免れた法人税の額が五〇〇万円を超えるときは、情状により免れた法人税の額に相当する金額以下とすることができる。」と規定している。

租税法等行政法規が国民に対し各種業務を課する場合、当該法規の実効性を確保するため、その義務違反者に対し一定の制裁を科するのが行政罰である。然し、行政犯(法定犯)及びこれに課せられる行政罰と、刑事犯(自然犯)及びこれに課せられる刑事罰とは、おのずからその性質を異にする。すなわち、刑事犯は、個人的利益の侵害を前提とし、人的物的侵害によって国家社会に損害を加えるもので、その行為自体反道徳性反社会性あるものであるが、行政犯は、個人的利益の侵害を前提とすることなく、直接に国家社会に損害が発生せしめるものであり、法規の定める義務に違反するが故に、反社会性罪悪性を持つ行為となるものである。

一般に行政法規の命令禁止規定並びにその違反に対する制裁は、当該行政法規を実効あらしめるため、義務者に対し、心理的圧迫を加えることによって、間接に行政法規上の義務の履行を確保するための手段で、これによって当該行政目的の実現を保障しようとするものである。

二、本件法人税第一五九条並びに同第一六四条の適用に際しては、右のような行政罰の特殊性が考慮されなければならない。もとより国税逋脱の行為は、国家財政の根幹に係る責任重大な犯行というべきではあるが、その罰条の適用は、あくまで右法規を実効あらしめる為のものであるべきで、単に逋脱額の多寡もしくは逋脱率の高低をもって、一律にこれを決すべきものではない。

翻って本件をみるに、原審は、前述のように、「この種事犯(租税逋脱犯)に対する科刑の実情に照らして、」被告人を懲役一年二月の実刑に処したものであるが、原審判決のいう「科刑の実情」とは、逋脱税額が何億円以上、逋脱率が何パーセント以上については、一律に懲役刑の実刑を科す、としている実情をいうもののようである。因に右の基準は国税当局の告発の基準、検察当局の起訴の基準でもあるようである。

然しながら、刑事犯において、五年以下の懲役刑の罪の定めのある事犯の量刑に際し、原審判決が認定する「被告人に有利な諸般の事情」すなわち、

「被告人は、査察の段階から自己の非を率直に認め、その解明に積極的に協力したほか、公判廷において、二度と脱税しない旨述べるなど、本件について深く反省しており、本件により信用を失墜し、業績も著しく低下するなど、ある程度社会的制裁も受けていること、更に、その所有する不動産を売却して、その代金を本件法人税の納付に充てるべく鋭意努力したが、不動産業界の不況により未だに右不動産を処分することができない状況にあること、然し、本件法人税の滞納処分として、右不動産が差押えられているので将来相当額の納税が見込まれること、前科前歴がないのみならず、脳梗塞を患いその治療中であって、健康が勝れないこと、被告人が服役することになると、現在営んでいる不動産に少なからず影響を及ぼすこと。」

などの情状ある場合には、強姦罪等反道徳反社会性の著しく高い犯罪を除き、刑の執行が猶予されることは当然であるといわなければならず、本件についても、被告人に対しては、当然に刑の執行が猶予さるべき事案である。

三、然るに、右のような情状あるにもかかわらず、特に、前歴もなく、重い病状にあり、深刻な反省のもと再犯の恐れもない被告人に対し、懲役一年二月の実刑を科する原審判決は、刑事犯と比較して、著しく衡平を欠いたもので、憲法の保障する「法のもとの平等」に違反するものといわなければならない。

もし、このような実刑判決が国税事犯を防止するためのいわゆる「見せしめ」的処罰であるとすれば、行政罰本来の機能を逸脱し、憲法の規定する「個人の尊厳」を侵害するものであるといわなければならない。

以上の次第であるので、原審判決は前記憲法各条に違反するものであって、破棄さるべきものである。

以上

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